いすゞ エステート 役員


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川崎住宅地(現在の京町・平安町付近の自社開発住宅地)間であった。もともと京浜電鉄は1922年(大正11年)以来、自社の鉄道に沿った形での京浜間連絡をバスによっても行うべく、数度にわたり路線免許の申請を行っていたが、すでに高輪 - 六郷間の旧国道(旧東海道)上には東京乗合自動車(通称青バス。現・都営バス)が運行しており、認可はなかなか下りなかった。そこで、まずは競合のない川崎市内において運行し、バスの営業実績を作ることを優先させたのである。, この頃、東京府内では鉄道沿線の大森町や蒲田町(どちらも現・大田区)から森ヶ崎鉱泉への足として人力車や乗合自動車を運行していた都南自動車商会と森ヶ崎人力自動車の競争が激化していた。京浜は国道線免許獲得への種蒔きを狙って両社間の調整に割って入り、1928年(昭和3年)、両社を統合した会社梅森自動車を誕生させる。翌1929年(昭和4年)に京浜間連絡の足がけとなる高輪 - 六郷間・新国道経由路線の認可をようやく得ることができ、同年10月より営業を開始した。, また、この年には鉄道の大師線に並行する古家達三経営の川崎駅 - 大師間を継承し、穴守線に沿った蒲田 - 稲荷橋間にも路線を設けている。さらに、翌1930年(昭和5年)に東京乗合経営の旧国道上の路線も譲り受け、この地域における営業基盤を確立した。, その後、国道線の横浜方面への拡張を進め、1932年(昭和7年)4月に生麦まで開業するも、その先は横浜市電と競合することから免許を得ることが出来なかった。このため、委託契約により横浜市の免許区間に乗り入れを行うという苦肉の策をとり、ようやく京浜間の連絡を果たすことができたのが同年10月のことであった。, 以後、京浜電鉄バスは川崎・蒲田周辺を中心に路線拡充を図り、1933年(昭和8年)、蒲田乗合自動車を傘下に収めると、1935年(昭和10年)梅森自動車も正式に京浜傘下入りした。, 1941年(昭和16年)、京浜は湘南電気鉄道と湘南半島自動車を合併、横浜市杉田と鎌倉市を結ぶ線から南の三浦半島のバス路線をほぼ一元化した。以下、この2社のバス事業について触れる。, 京浜電気鉄道積極的に自社の鉄道沿線に路線網を確立していったのに対し、湘南電気鉄道は要のとなる道経営が不安定だったため、1931年に浦賀駅 - ペルリ提督記念公園間でバスの経営を始めてはいたものの、ごく小規模なものでしかなかった。そればかりか、線にバス事業者が乱立し、鉄道の乗客を奪われかねない状況であった。, その中で一大脅威となっていたのが横須賀自動車である。横須賀自動車は、横須賀市内におけるバス事業者の無益な競争を抑えるため、1925年に2社の合併によって成立した会社で、路線は横須賀駅を起点に枇杷山下、堀ノ内方面などに伸びていた。その後、周辺事業者の買収や路線延長を進め、昭和初期までに法塔・上宮田・三崎・富岡・葉山などにエリアを拡張、さらに傍系会社であった田浦 - 逗子間の湘南乗合自動車、横須賀駅 - 浦賀町芝生間の半島自動車を1932年に合併するなど、湘南電気鉄道の沿線においてバス路線の統合を進めていた。, 同社に対しては、京浜電気鉄道社長の望月軍四郎が1933年に株式を取得し、役員の改選を行って経営権を掌握した。その後、路線を法塔から衣笠まで延ばして衣笠公園への夜桜見物客を誘致し、1935年には横浜駅 - 桜木町 - 磯子 - 杉田間に路線を持つ横浜乗合自動車を合併、1936年に社名を湘南乗合自動車に改めるなどして発展を続けた。, この間、経営が軌道に乗り始めた湘南電気鉄道は、望月所有の株式を譲り受け、1937年に湘南乗合自動車を合併し自社に自動車部を設置して事業を継承した。, 湘南半島自動車は、現在の京浜急行バスのうち、鎌倉から三浦半島(主に相模湾側)にかけての路線の基礎を築いた事業者である。京浜電気鉄道は1929年に三浦半島でバス事業を開始するにあたり、三浦半島一周自動車を買収し、半島一周自動車運輸商会の名のもとで逗子駅 - 三崎町海南、三崎町 - 横須賀間の営業を開始していた。その後、同商会は半島自動車(前記の横須賀自動車の傍系会社とは異なる)として株式会社化され、1938年(昭和13年)、三崎に本拠を置く臨海自動車と鎌倉周辺で営業していた鎌倉乗合自動車と合併することとなる。これにあたり、3社それぞれが解散し、各事業を継承すべく新たに設立されたのが湘南半島自動車である。, 同社はその後、1940年に三崎 - 横須賀、三崎 - 浦賀間で営業していた三浦自動車を合併、翌41年には日本自動車道を合併して両者の路線を継承した。日本自動車道は1930年の設立で、大船 - 江ノ島口間の自動車専用道路、鎌倉山の分譲住宅地とともに大船駅 - 江ノ島口間、鎌倉山 - 大仏前間、および鎌倉駅周辺におけるバスの経営を行っていた会社である。なお、湘南半島自動車と日本自動車道の合併は、鎌倉周辺における交通統制を図るため、両社に江ノ島電気鉄道(現・江ノ電バス)、東海道乗合自動車(現・神奈川中央交通)を加えた4社の合併を前提に議論されたが、京浜電気鉄道が猛反発したため実現に至らず2社にとどまったものである。, 営業所は都内に3箇所、神奈川県に10箇所の計13箇所ある。このうち京浜島営業所と新子安営業所は主に空港リムジンや高速路線を担当し、その他の営業所は主に一般路線を担当する。所属車両の判別等のため、営業所ごとに英字の略記号が設けられている。ここでは、京浜急行バスの前身各社および子会社だった羽田京急バス・横浜京急バス・湘南京急バスについてもあわせて触れることにする。, 戦前、1941年(昭和16年)頃の営業所は、京浜電気鉄道の品川・雑色・川崎、湘南電気鉄道の横浜・田浦・平坂・衣笠・堀之内・浦賀、湘南半島自動車の逗子・三崎・鎌倉・大船の計13箇所に、梅森蒲田自動車本社を加えた14カ所であった。東京急行電鉄成立しばらくは営業所の配置は変わらなかったが、1942年(昭和17年)までに品川営業所が高輪営業所に変更されている。なお梅森蒲田自動車は同年中に遅れて東急に合併し、同社の機構は雑色営業所に吸収された。, 1943年(昭和18年)には、横浜営業所を杉田営業所に、雑色営業所を蒲田区糀谷町へ移転した上大鳥居営業所にそれぞれ名称を変更し、大船営業所を鎌倉営業所に統合した。また川崎営業所は旧東横電鉄のバス営業所だった小杉営業所に統合され、川崎の名前は小杉が引き継いだ。, 1944年(昭和19年)に入ると、高輪営業所が廃止され大鳥居営業所に引き継がれたほか、浦賀営業所が久里浜に移転し久里浜営業所と名称を変更した。前年に移転改称した大鳥居営業所は、建物を疎開することとなったため、蒲田区東六郷に移転し名称を雑色営業所へ戻した。なお詳しい時期はわからないが、この頃、田浦営業所および平坂営業所が堀之内営業所に統合されている。終戦後、雑色営業所は高輪営業所へ変更され、大東急解体前年の1947年(昭和22年)には、川崎が旧東横電鉄由来の神奈川営業所を吸収し、東急からの分離独立を迎える。, この際に川崎営業所については、もともとの所管路線であった川崎住宅地線が戦時中に休止されていた上、東急から免許を継承した京浜急行電鉄も自社での再開を見送った。, 京浜急行電鉄発足直後の1948年(昭和23年)12月、折からの財閥解体もあって浅野財閥系だった川崎鶴見臨港バスの株式を京急も取得して経営に参加し、1954年に臨港バスは京急の子会社になったが、京急は現在の川崎区内にあたる東海道線以南のバス路線について、都内直通などの一部を除いて臨港バスに任せる意向であったとされる。, これにより川崎住宅線は臨港バスの営業範囲となり、「入船橋循環線」として再開される。さらに八丁畷駅始終着だったのを国鉄川崎駅まで延長、川崎市民の重要な足となった。, なお、川崎営業所の名称を継承した東京急行電鉄崎営業所は、1992年(平成4年)の子会社化で東急バスに分社した後、2010年(平成22年)10月に閉鎖され、路線は高津営業所と東山田営業所へ移管されて現在に至る。, 1948年の分離独立時、高輪営業所は品川営業所に名称を変更し、杉田営業所は堀之内営業所へと統合された。また同年、三浦営業所が新設され、衣笠・久里浜・三崎の各営業所がその支所となった。しかしこの体制は長くは続かず、1954年(昭和29年)に三浦営業所は廃止され、衣笠と三崎は営業所へ、久里浜は三崎営業所久里浜支所へと変更されている。また業務の効率化を図るため、1952年(昭和27年)に、雑色操車場および杉田操車場を開設した。, 一方都内の営業所については名称変更や統廃合が頻繁に行われた。まず1954年に品川営業所が東京営業所と名称を変更し、大鳥居支所を置いた。その後1959年(昭和34年)には東京営業所を蒲田営業所と名称を変更し、大鳥居支所を羽田営業所に昇格させている。, 1964年(昭和39年)に六郷営業所を新設し、蒲田営業所は雑色車庫となった。しかし1970年(昭和45年)の大森営業所新設後は徐々に所管路線を減らし、1973年(昭和48年)に六郷営業所と雑色車庫は大森・羽田両営業所へと統合された。, 神奈川県内については、1959年(昭和34年)に杉田が営業所として復活し、久里浜も1963年(昭和38年)に営業所に昇格している。杉田営業所はその後1971年(昭和46年)に横浜営業所に名称を変更するも、1978年(昭和53年)の追浜営業所新設の際、車庫に降格した。また1987年(昭和62年)には能見台車庫が開設され、追浜営業所の所管となった。車庫に降格した杉田も1990年(平成2年)に再び営業所に昇格し、横浜営業所となり、能見台車庫も横浜営業所の所管となった。, 都内では1994年(平成6年)に羽田営業所京浜島車庫が開設され、1998年(平成10年)より独立して営業所となった。, 平成も2ケタに入ろうとする頃から、京浜急行電鉄はそれまで直営していたバス事業の分社化に乗り出す。そして新たに設立された子会社に営業所および路線が移管されていった。, まず羽田営業所が1999年(平成11年)より京急バス東京営業所へ路線の移管を開始し、次いで横浜と堀内が、子会社の横浜京急バス杉田営業所・横須賀京急バス堀内営業所にそれぞれ一部路線の移譲と運行の委託を開始した。2003年(平成15年)には横浜営業所の廃止(横浜京急バスへの完全移管)に伴い、管轄下にあった能見台車庫が営業所として独立したが、その能見台営業所も2005年(平成17年)に横浜京急バスに移管された。その後も子会社への業務移管の進捗に伴って、営業所の新設・廃止が頻繁に行われている。, 2007年(平成19年)3月18日に、首都圏の私鉄・バスなどで使用できるICカード乗車券PASMOのサービスを順次開始し、2008年12月時点では京浜急行バスグループ一般路線の全営業所に導入されている。なお、東日本旅客鉄道(JR東日本)などが発行するSuicaも利用できるが、カード右下の電子マネー機能がついていることを示すSuicaマークが明記されていないカードはバスでは使用できない。, 2012年(平成24年)4月16日に、夜間都市間高速バス並びに横浜駅、新横浜駅発着のリムジンバス運用効率化のため、新子安営業所が開設される。これは、羽田営業所の事実上の移転であった。同年11月30日の出発便をもって羽田営業所は閉鎖となり、翌12月1日より担当路線は玉突きで、京浜島・新子安の両営業所に引き継がれた。ただし、品川シーサイド駅・大井町駅線だけは羽田京急バスに移管された。この時の羽田営業所跡地(旧観光バスセンター)は、羽田京急バスへの運行委託車両や高速バス、リムジンバス等の共同運行先車両の留置に引き続き使用されている。2014年4月現在、京浜島・新子安両営業所には一般路線バスの配置は行われていない[注釈 1]。, 2018年(平成30年)4月1日、横浜、能見台、追浜、堀内、鎌倉の各営業所が子会社から京浜急行バス本体に復帰し、羽田京急バス東京営業所は京浜急行バス羽田営業所となった。, 京急の高速バスは、1986年に運行を開始した「ノクターン号」に始まり、全国各地へ路線を運行していたが、京浜急行バス発足後、子会社の羽田京急バス・京急観光バスへ路線の譲渡(予約業務は京浜急行バスが引き続き担当)を進めた結果、京浜急行バスが運行する高速バス路線は発足当初と比べて大幅に減少している。また、近年では撤退も相次いでおり、路線が増加傾向にある空港リムジンとは対照的で縮小傾向にある。なお、京急観光バスの営業終了・会社清算にともない廃止・撤退路線が出ているほか、一部路線が京浜急行バスに復帰している。現在の京急側の使用車両は原則として三菱ふそうのエアロクィーン独立3列シート車であるが、2013年春より日野自動車のセレガスーパーハイデッカーが納車されている。京浜急行バス本体が運行する高速バスは全路線で新子安営業所が担当している。, なお、運行開始当初は路線ごとに車体カラーが異なっていたが、現在はキャメル号で採用された「風」をイメージした高速カラーに統一されている。, 2021年3月15日をもって、ノクターン号[7]とビーム1号[8]の運行から撤退[9]、キャメル号の廃止[9][10][11]、エディ号の運行休止[9][12]に伴い、長距離高速路線がすべて廃止・撤退する予定[9][13]。, 東扇島線と浮島線は日祝日は運休。横浜 - 幕張線は幕張メッセでイベント開催時のみの運行である。, 横浜 - 水戸線は2006年1月28日に開業した路線であり、共同運行会社ではベイライナー水戸・横浜号の愛称を有したが、京急側では案内上使用していない(2007年6月15日をもって廃止)。, 1997年12月に開通した東京湾アクアラインを使用し、横浜・川崎・羽田空港 - 木更津線の開業を皮切りに路線を展開している。, なお、以下のほかに羽田空港発着・経由の路線があるが、これについては空港リムジン路線千葉県方面を参照のこと。, 京浜急行バスの顔といえるのが空港リムジン路線である。鉄道線の営業エリアでもある羽田空港を拠点に路線を展開している。横浜 - 成田空港の路線もある。一部路線では、早朝便と夜間・深夜便の一部は国内線ターミナルを経由しない。, 都内発着路線は以下の通りである。自社の乗合バスエリアを発着する品川・新橋線の深夜便のみ単独運行。, 横浜線は現在の空港リムジンバスが発達するはるか昔の1968年12月に開設された古参路線で、現在でも他の路線に比べて本数が多い。また大船・藤沢線は1995年開設で、空港リムジン路線の中では古参の部類に入る。, 千葉県方面へは以下の路線が運行されている。千葉線には海浜幕張地区を通過、および一部停留所のみ停車扱いとなる急行便がある。房総半島方面のバスはアクアライン経由。, 成田空港発着路線は横浜を起点とする以下の1路線が運行されている。横浜成田線の一部はみなとみらい21地区発着となる。首都高速湾岸線混雑時には東京湾アクアラインを経由する場合がある。トイレ付き車両で運行される。, 京浜急行バスでは、横浜駅・新橋駅を起点に以下の深夜急行路線を運行していた。いずれも1989年(平成元年)11月に開業し、当初は品川駅を経由しなかったが、後に経由するようになった。両路線ともPASMO・Suicaが利用できた。全便が廃止となっている。, 長距離高速バス・リムジンバスなどの観光系は三菱ふそう製が6 - 7割ほどを占めているのに対し、路線バスではいすゞ自動車の大型バスの大量投入と、車種選択において両者で大きく異なっている。, 2000年代以降はバス車種の統合やOEM供給が増えたが、京浜急行バスグループ(東洋観光の一部は除く)[要追加記述]では車両メーカーへ改善要望を伝えやすくするため、基本的にシャーシ・エンジン製造元の会社から購入する方針を採っている(例:ジェイ・バス宇都宮事業所製ならいすゞ自動車からのみ)[30]。その方針もあり、三菱ふそう・エアロスター-Sや日産ディーゼル・スペースランナーAなどの三菱ふそうや日産ディーゼルのOEM供給車は導入されなかったが、いすゞ・エルガとの統合車種である日野・ブルーリボンIIや、いすゞ・エルガミオとの統合車種である日野・レインボーIIは、主に従来日野車をメインに導入していた横須賀市・三浦市の営業所を中心に導入されている[注釈 11]。, かつては様々な特徴的な車両が在籍したが、近年ではメーカーの標準仕様を中心としており特筆すべきものは限られる。低公害車はそれほど多くはないが、ハイブリッドバスやCNGバスが導入されている。, 京急ファインテック金沢事業所で既存車両の車体更新工事(車内外のリニューアル工事)も、製造からおおむね7 - 8年程度経過した車両を対象に行われている。, 主な工事内容は内装、床面の貼り替え、座席およびモケットの交換、ポールのゴム取り替え(2005年以降はオレンジ色のものを採用)、降車ボタンの交換、吊革の交換(2011年以降に更新時期を迎えた車両では持ち手を丸型からおにぎり型の三角形に、ベルトを灰色から白色に変更。2004年以降導入車両が対象)などのほか、行先表示が方向幕の2002年度前期導入車までは一部を除いてLED式の表示器に交換されている(2002年度後期以降は当初からLED式)。, この車体更新工事により、京浜急行バスでは古参車においても新車と比較しても遜色のない車内設備が保たれているのが特徴である。ここまで大規模な更新工事を現在も受けるのは、ほかに関東バスなどのみである。, 一般路線バスのカラーリングは、銀色地で上部に赤帯、下部に水色を入れた塗装で、京浜急行バス本体所属の車両は窓下の赤帯に「京浜急行バス」の文字が入る。, 子会社所属の車両は、水色塗装部分の車体後方下部に「羽田京急バス」「横浜京急バス」「湘南京急バス」のいずれかの文字が入るが、2013年以降は京浜急行バス本体所属の車両と同じく窓下の赤帯に文字が入っていた。, 2004年度後期および2005年度前期の羽田京急バスのいすゞ・エルガ(NH2436・2437・1529・1530号車)も、当初は窓下の赤帯に文字が入っていた。, リムジンバスと空港シャトルバスのカラーリングは、白色地に赤いラインを纏い「KEIKYU LIMOUSINE」の文字とカモメのマークが入る。これは1979年(昭和54年)に運行開始した横浜 - 成田空港線専用車で初めて採用された塗色である。なお過去には、1988年度車の一部にベージュに黄色で「Limousine Service」の文字が入った東京空港交通の色違いも存在した。, 長距離高速バスの車両は、白色地に赤、オレンジ、青の3色のラインが入る。このカラーリングは「京急ポニー号」でも採用され、小型路線バスにも使用される。小型車には路線バス標準カラーの車両も存在する。, 高速・観光系の車両は、長距離高速バスからの撤退が相次ぐ一方で、リムジンバス路線の新設やアクアライン高速バスの活況が続いていることから増車が続いている。, 高速バスでは、運行開始当初のキャメル号やビーム1号、エディ号などで日野自動車製が導入された一時期を除いて三菱ふそうで統一されていたが、2013年春より再び日野・セレガが投入されている。また絶対的な台数が減ってきている。, 一方でリムジン車は増車が続いており、その中で比率が高かった三菱ふそう製以外からの購入が増え、いすゞ・日野・UDトラックス(旧:日産ディーゼル)車も在籍している。ただし前述の方針に則り、いすゞ・日野のバス製造事業が統合された後はいすゞからの購入はなく日野から購入している。またUD製の車両は数台の在籍に過ぎず、三菱ふそう・UDのバス製造事業が相互OEM供給に移行後[注釈 12] は、UDからの購入はなく三菱ふそうから購入していた。そのため現在は三菱ふそう・日野自動車の2社からのの購入となる。なお、アクアライン高速バス・中距離高速路線・深夜急行バスでも空港リムジン車が使用される。, リムジンバスの車両はハイデッカーが中心で、一部にはスタンダードデッカーの車両が在籍するが、これは主に車高制限のある路線(藤沢・大船 - 羽田空港線など)向けのものである。一時期は貸切車から空港リムジンバスに転用された車両も存在していた。高速バスではスーパーハイデッカーの車両が中心となっている。, 1999年までは路線・貸切兼用車(俗称「ワンロマ」)が投入されており、貸切カラー(空港路線との兼用車など一部は空港リムジンカラー)となっていたが、その後は空港リムジンバスの古参車がこの役割を果たすようになってきたため投入されていない。, 晩年のワンロマ車は残りの大部分が貸切登録となり、横浜京急バスの能見台や追浜営業所に集められていたが、2013年頃に羽田空港直行線を除き全廃されている。, 現在は羽田営業所の三菱ふそう製(一部いすゞ製)蒲田駅 - 羽田シャトル用ノンステップ車、元東扇島線用ワンステップ車で羽田営業所の三菱ふそう製特定登録車(蒲田駅 - 羽田クロノゲート送迎)、追浜営業所のUDトラックス製貸切登録車が事実上唯一のワンロマ車となっている。, 路線車のうち小型車を除いたものは、かつては国産ディーゼル4メーカーから購入し、営業所ごとに振り分けが決まっていた。, 1960年代後期から1970年代前期にかけては、純正車体と富士重工製車体が混在していた。いすゞ製の大型ナロー車や中型車は、1984年度後期から1989年度まで富士重工製で導入され、都内の羽田や神奈川県内の横浜や能見台、追浜などに配置されていた。, 鎌倉ではいすゞ車が富士重工製車体で架装されていた。富士重工製のいすゞ車は鎌倉のほか、追浜など神奈川県内の営業所や、転属により都内の大森にも配置されていたことがある。, またいすゞ製の空港リムジン車や兼用車も当初は富士重工製で導入され、京浜島や羽田に、兼用車は羽田にも在籍していたが、ガーラへの移行後は初代ガーラなどいすゞ純正車体の車両が導入された。, 狭隘路線にはかつて[いつ? Šæ€¥äº‹æ…‹å®£è¨€ã‚’受け、現在「例会等の活動を中止」してお … ——役員クラスなどのエグゼクティブ層を求める際にosを重視するというのは何となく分かる気がするのですが、それは若手の採用においても同じだということですか? トヨタ車へ市販カーナビ・カーavの取付けに必要な取付キットの適合情報をご案内。構成部品、価格などの商品詳細はカナック企画の公式適合情報サイトで。 を後押しするために、コマース領域、グロースデザインユニット領域など多様な情報・サービスを提供します。 また、それまでツアーバス形式で運行されていた、筑波山シャトルバスが一般路線化されることになり、その専用車として、いすゞ・エルガワンステップ長尺車が、メトロ窓、2列シート主体の郊外路線仕様で、合計4両導入されている[注釈 22]。, この年から、エリア各地域でのコミュニティバスの受託が相次ぎ、取手市のことバス用として、エアロミディMEが関鉄初のCNG仕様で導入されたほか[注釈 23]、坂東市の坂東号用としては、日野・ポンチョが初めて導入された。, 2006年にエアロスターノンステップが取手営業所に配置されて以降、大型路線車の新車の導入はなかったが、2009年にエアロスターがワンステップで導入され、2012年、2013年にエルガワンステップが取手、土浦に計4両導入されるなど再び導入が進められている。, 2016年1月には、関東鉄道バスでは初となるいすゞ・エルガハイブリッドが水戸、水海道、取手、土浦、竜ヶ崎に各1台ずつ、合計5台が導入された。その後、モデルチェンジしたいすゞ・エルガノンステップバスも4台、取手と土浦に配置された。, 2017年度末をもって、関東鉄道の一般路線バスはバリアフリー化100%を達成した[23]。, 2019年1月をもって、関東鉄道、関鉄観光バス、関鉄グリーンバス、関鉄パープルバス4社で運行する路線バスの全車両(計388両)のバリアフリー化100%を達成した[24]。, 関東鉄道の高速車は、開設当初は、55 - 60人乗りの貸切車からの転用が主であった[22][注釈 24] が、1989年にはかしま号とはさき号に40人乗りのトイレ付車(1444KS、1445HS)が導入され[22] て以降、40・44人乗りのトイレ付のハイデッカー車が標準である。2009年に、2代目ガーラを導入するまでは、空港連絡バスも含め、原則として、サブエンジン冷房車が導入されていた[注釈 25]。, また、関鉄唯一の夜行路線である、よかっぺ関西号には、3列シート29人乗りのいすゞ・ガーラのハイデッカー車及び三菱・エアロクイーンのスーパーハイデッカー車が導入されている。2010年には、3代目エアロクイーンが、新・京成グループカラーで導入され、従来車も塗り替え、以降の新車も同カラーで導入されている。, 近年までは昼行高速車にも、貸切転用のスーパーハイデッカー車も運用されていたが、現在はハイデッカー車も含め貸切転用車はすべて高速バス用として導入された車両に置き換えられている。, 1988年に、関鉄初の高速バスの新車として、新呉羽ボディの三菱・エアロバスK(1430YT)と、富士HD-1ボディのいすゞ・LV719R(1431YT)の2車種が、谷田部営業所[注釈 26] に配属されて以降、貸切からの転用と並行して、主にこの2車種を導入していった。, いすゞ車は、1989年にIKCボディ車も導入され、1990年にLV719RからLV771Rにモデルチェンジして以降も、引き続き、富士重ボディ[注釈 27] とIKCボディで導入されたが、1996年にガーラにモデルチェンジして以降は、IKコーチ、いすゞバス製造から社名を変更したジェイ・バス製の車体で導入されている。, 三菱車は、主に新呉羽製のエアロバスKを採用[注釈 28] し、当時主流だった三菱製ボディ車は1994年導入のニューエアロバス(1655YT)まで、関鉄では採用されなかった。, 日産ディーゼル・スペースアローは、1996年に1台、1999年には5台導入されたが、それ以降の導入はなく少数派に留まっている[注釈 29]。, 2003年には、つくば号に共同運行先のジェイアールバス関東より、ネオプラン・メガライナーが2台リース導入されたが、つくば号の減便に伴い、2006年にはJRバス関東に返却されている。, 貸切車からの転用車も、当初はこれら新規導入車と同じく、一般路線カラーで投入されていたが、つくば号、かしま号とも、事業者の予想以上に好調で、すぐに輸送力増強を求められることとなり、貸切車からの転用車は以後は、貸切カラー[注釈 30] のまま、転用されていた。, 2007年に導入された、ニューエアロバス(1937MT、1938IT)からは、新しい京成グループカラーで登場し、2代目ガーラ、エアロエースが引き続き、京成グループカラーで導入されている[注釈 31]。, 2019年7月24日、潮来営業所に東京ディズニーリゾート方面への路線に二階建てバススカニア・アストロメガ(2200IT・2201IT)が運行開始した。上述のつくば号用メガライナー以来の二階建てバスであり、他事業者からリース以外の自社保有での導入は茨城県内の事業者としては初めてとなる。, 高速車の移籍車は2000年に遠鉄バスからのエアロバスを導入以降、長らく存在していなかったが、2010年にちばシティバスから、直結クーラーのニューエアロバスがKanacカラーのまま水戸営業所に移籍し、2012年からは京成バスから、同じくガーラが京成グループカラーのまま移籍している。, ネオプラン・メガライナー(2006年6月西日本JRバスへ移籍。2009年3月廃車), かつては、関東鉄道本体でも、観光バス事業を行っており、多数の貸切車を保有していたが、1999年に観光バス事業を関鉄観光バスに移管してからは、スクールバスや企業送迎など、契約貸切に使われる車両のみ、保有している。, 観光型車両のほか、路線型車、マイクロバスまで、契約先のニーズに合わせた、さまざまなタイプの車両を保有する。, 観光型は、主に、元高速車や関鉄観光バスから移籍した元貸切車、路線車は、一般路線車や他事業者からの移籍車が転用されることが多い。 塗装も元貸切車はKanacカラー、元高速車と一般路線車は、路線カラーと、そのままの姿で転用されることが多いが、スクールバスを中心に契約先に合わせた塗装やラッピングが施される場合もある。, 以前は、契約先が所有していた自家用バスをそのまま移籍(サブリース)させて使用されていたこともあった。, 社番は自社発注車が0001 - 、中古車が9001 - の付番で、関鉄グリーンバスは5001 - 、関鉄パープルバスは6001 - 、関鉄観光バスは路線車が7001 - 、貸切車が8001 - である。年式、メーカー、使用用途などに問わずすべて導入順に通し番号で表記され忌み番である『××42』や『××49』も欠番にはならない[注釈 32]。, かつて分離子会社になって導入された車は頭に子会社の記号(関鉄グリーンバス:G、関鉄パープルバス:P)が入って001 - となっていたが、2018年度からは前述の通り関鉄グリーンバスには5000番台、関鉄パープルバスには6000番台が付番されるようになった[注釈 33]。2017年度より、関鉄観光バス、関鉄グリーンバス、関鉄パープルバス等の子会社では関東鉄道からのリース車輌として9000番台に再登録されている車輌が在籍している[注釈 34]。, なお、廃車が出てもその社番は使用しないが、関鉄→他事業者→関鉄またはグリーン→パープル、関鉄観光バス→関鉄と渡ってきた車両は1台で2つの社番を持つこともある(例:9037IS:元川崎鶴見臨港バス→日本観光バス→関鉄観光バス7001TCなど)。, 一般路線バスの普通旅客運賃は対キロ区間制で初乗りはICカードの場合168円、現金の場合170円である[25][注釈 35]。2019年10月1日の消費税増税に伴う運賃変更により、1円単位のICカード運賃が新設された。, 中乗り・前降り、運賃後払い方式を採り、運賃箱は整理券の券面バーコード読み取りによる自動釣り銭に対応している。, 一般路線バスでは金額式回数券、通勤・通学定期券が設定されている。12ヶ月定期券も設定されており、最高額は57万6580円にもなる。なお、冊式回数券はICカードの普及により2018年9月9日をもって発売を終了している。利用終了日は未定。, 高速バスでは一部路線を除き普通乗車券とつくば号、かしま号、TMライナーには日本の高速バスでは数少ない通勤・通学定期券が設定されている。つくば号、かしま号では共同運行他社扱いながらスマートフォンに搭載できる「スマホ定期券」も発売されている。, PASMO(PASMO協議会)に加盟[26] しており、鉄道・バス(一部を除く)でPASMO並びに相互利用カードが利用可能となっているが、交通機関により相互利用範囲が異なる。, 駅・バス車内でチャージも取り扱うが、こちらもそれぞれ相互利用範囲内のカードのみ利用できる。, 鉄道では2009年3月14日にPASMOを全線全駅に導入し、同時にSuicaが相互利用できるようになった。全駅にIC対応改札機または簡易改札機が設置されている。IC定期券も自社の全線に加え連絡運輸区間(JR東日本線、つくばエクスプレス線の各指定区間)で発券可能である。, ただし、2013年3月23日からの全国相互利用サービスからは除外[27] されており、利用できるICカード(チャージも含む)はPASMO・Suicaのみ(首都圏ICカード相互利用サービス)である[28]。, 2013年3月31日に鹿島 - 東京駅線「かしま号」でサービスを開始した[32]。, 空港バスでは茨城空港に接続する3路線で、2016年7月より全国相互利用ICカードが利用可能となった[33]。, 一般路線バスでは、2015年10月から取手地区・水戸地区の一部、2016年9月26日に土浦・つくばエリア、2017年9月16日より残りの各線(一部路線や委託車両を除く)で利用可能となった。稲敷エリア広域バスもバス特付きで導入。2016年10月1日にはつくバスにバス特なしで導入している[34][35][36]。, なお、PASMO加盟他社にありがちな子会社への同時導入は一切行わず、2018年3月16日の子会社への導入までは子会社との共同運行区間(水戸、筑波山、土浦など)で利用可能便と不可便が混在していた。, 関鉄グループ4社(関東鉄道、関鉄グリーンバス、関鉄パープルバス、関鉄観光バス)共通のバスIC一日乗車券がある。, 一般路線バス定期路線(筑波山シャトルバス、県庁シャトルバス、荒川沖 - あみアウトレット線を除く)と稲敷エリア広域バスが利用できる。高速バス、コミュニティバス等では利用できない。, 利用可能日は土休日と8月13日 - 8月16日、12月29日 - 1月3日。2019年10月1日現在の価格は大人710円、小児360円(消費税増税に伴い、発売当初の価格から10円の値上げとなった)。, 当日利用可能バスの車内でのみPASMO、Suicaのデータ領域内に情報を記録する形で発売され、ストアードフェア(SF)残額から価格分が引き去られる。他のICカード(ICOCA・manaca等)や現金では購入できない。, 2018年4月28日に発売開始。同年7月28日、稲敷エリア広域バスに利用範囲を拡大した[37]。, 利用可能範囲に対してかなり低価格に設定されており、区間・利用時間帯さえ工夫すれば5000円区間超、100km超の長距離乗車も難しくない[38]。, 関鉄で発売する交通系ICカードはPASMOのみである。カードの発売・払戻等は下記の窓口等で取り扱う[29]。窓口により取扱業務が異なる。, かつてバスでは、取手営業所管内においてICカード回数券という独自のICカード乗車券が導入されていた。2003年12月1日に導入され2009年7月31日に新規発行終了、2010年3月31日利用終了となっている。初回販売額は3000円でデポジット不要。最大チャージ可能額は30000円で1000円のチャージ毎に1100円分利用可能であった。, 自社線・JR常磐線沿線及びつくば市周辺において、宅地の開発、ビルの賃貸、土地・建物の仲介などを開発部が行っている。宅地開発については、1970年の関鉄霞ヶ浦阿見台(稲敷郡阿見町)の開発をはじめとして、1978年の「関鉄ニュータウン取手」(取手市・常総線西取手駅周辺)、1983年の「関鉄ニュータウン伊奈すみれ野」(つくばみらい市谷井田)、「関鉄ニュータウンつくば南」(土浦市、バス「荒川沖センター」線沿い)などの開発を行っている。貸ビルは土浦市・つくば市などにある。, 宅地建物取引業茨城県知事免許「(14)第203号」。一般建設業茨城県知事許可「(般-20)第25403号」。, 首都圏新都市鉄道 (MIR) が経営するつくばエクスプレス (以下TXと表記) とは、「競合」と「協調」の相反する二面性を持った関係となっている。TX開業によって主力の高速バス・鉄道事業が圧迫される一方、関鉄によるMIR株の保有のみならず事業における一定の協調関係を持っており、その関係はTXと距離を置く鉄道事業者が多い中やや目立ったものとなっている。, TX開業以前はJR常磐線と並び高速バス「つくば号」が筑波研究学園都市主要部と東京都心を結ぶ主な移動手段であった。また、守谷以北の常総線利用者が東京都心に出る場合、取手駅まで常総線を利用し、そこからJR常磐線に乗り換える経路が主な移動手段であった。, TX開業に当たり、つくば号の減便・再編をせず様子を見ていたが、速度で劣るつくば号は乗客が70%減少し[39]、後々減便された。守谷市と北柏駅(JR常磐線)を結ぶ一般バス路線なども乗客が減少した。収益性の高い高速バス乗客離れによりバス運賃収入は減少した。また、守谷以北の乗客の多くが守谷駅でTXに乗り換えるようになったため、常総線も減収となった。, これらを理由として全従業員に対して給与削減を実施し、2007年4月の運賃改定で鉄道運賃を上げた。また、減収を理由として連結子会社である鹿島鉄道に行っていた経済支援を2007年度以降継続しないこととしたこともあり、鹿島鉄道線は2007年4月1日廃止となるなど関鉄の経営に大きく影響している。, 2016年現在でもつくば号では対TX競合姿勢を崩しておらず、割引率の高い回数乗車券を設定して「安さ」を強調したり、筑波大学乗り入れを行って鉄道との差別化を図ったり、つくば駅前のバス停留所も「つくばセンター」のままで「つくば駅」への改称を見合わせるなどしている。つくば号沿線(つくば市並木など)からTXとの競合が弱い他の目的地への新規路線開拓・撤退も散発されている[注釈 36]。TX側も2005年の開業時からつくば号を意識し[40]、つくば号より100円安い運賃(1150円、現在はつくば号値下げにより同額)とする攻めの姿勢を採った。, 両者の利害が一致する分野においては協調関係が見られる。関鉄の主たる営業エリアはTXの終点付近に広がっているという地理的な理由が背景にあり、具体的には本線(TX)と培養線(関鉄)の関係にあたる。, 関鉄は茨城県内の市長・議長、商工・青年会議所長などとMIR代表取締役で構成する「茨城県つくばエクスプレス等整備利用促進協議会」特別会員になっている。この協議会の事業には「常総線の複線電化等整備促進及びつくばエクスプレスとの輸送の一本化の確保に関すること」[41] が含まれている。, TXと組み合わせることで水海道・下妻・下館方面から東京都心への最短・最速経路になる常総線では、沿線自治体の意向と線路改良に対する支援[42] によりTX開業と同時に快速列車が新設された。「TX&常総ライン往復きっぷ」という往復割引乗車券も双方で発売するなど、TXと関鉄はこのルートの利用促進に努めている。, また、TX各駅の運賃表には接続路線で唯一、関鉄常総線連絡運賃を表示しているのみならず、自社線運賃表にまで常総線の乗換案内が表示されていることも特徴的である[43]。, バス事業においては、東京から筑波山への最短ルートになったTXの開業後、TX列車に接続する「筑波山シャトルバス」を設けTX接続を強化する一方、直通高速バス「ニューつくばね号」を早々に撤退させた。これはつくば号の競合姿勢とは対照的である。「筑波山もみじまつり」「筑波山つつじまつり」など筑波山シャトルバスを利用した筑波山の観光促進キャンペーンをMIR、筑波観光鉄道、つくば市、つくば観光コンベンション協会と共同して行っている。関鉄のつくばエリアのバスは「つくば駅周辺フードマップ」などTX発行のパンフレットにも頻繁かつやや詳細に掲載される[44]。, その他関鉄では、常総線沿線でもある守谷市や、つくば市などのTX沿線において宅地開発を行っている。, 関鉄観光バス潮来営業センター以外の水戸ナンバー圏に配置された車両の運賃表示器はレシップ製を使用していた。, 2019年現在、関鉄グループ全営業所で2011年以前に導入した車両もLCD運賃表示器に変更されている。, ただし、いすゞ・LRは1990年代初期はIKボディ車が石岡、つくば中央がメインでそれ以外は基本富士重ボディでの導入だった。, 千葉海浜交通からの譲受車は社番9070 - 9072の3台のみで、鹿島に1台、土浦に2台配置, 社番9022 - 9025,9034。なお、9022,9023,9025はその後鉾田営業所に移籍。, 2017年現在、これらは土浦営業所に配置。ただし、キュービックノンステの2台は既に廃車, 関鉄グループ全体では、2004年に石岡市巡回バス用として関鉄グリーンバス石岡営業所に導入されている。, 2006年の開設時は社番1918 - 1920の3台が増備。後に2011年のつくバス再編時に1台(2018TK)が増備された。その後2016年につくば北に日野・ポンチョ(社番2127 - 2131)が、2017年につくば北・つくば中央・竜ヶ崎のいすゞ・エルガミオ(社番2157 - 2163)が、, 現在はCNG仕様のエアロミディMEは全車廃車。代替として日野・ポンチョが導入されている。, 最初の高速バスへの転用車は谷田部営業所(現・つくば中央営業所)の社番1050,1051, 2002年 - 2004年に、土浦営業所に直結クーラー、3連トランクのいすゞ・ガーラが2台(1830TC、1878TC)だけ導入されている。, 2014年現在、1996年導入車は廃車、2000年導入車が水戸営業所に1台(1802MT)が配置されているほかは、すべて子会社に転籍, 当初は、アイボリー地に、オレンジとマルーンのサンダーラインが入った関鉄貸切車のオリジナル、1990年代以降は京成グループ統一観光カラーのKanac塗装, 現在は、2006年以前に導入した車両も一般路線カラーから徐々に京成グループカラーに変更されている。, 9442G、9448TC(関鉄観光バス土浦営業センターに在籍)、9450G、9452-9453G、9455G、9458-9460P、9461-9463G、2231TC。うち9442Gは既に廃車。, 「新時代への扉 つくば-秋葉原45分 第4部 動く 鹿島鉄道廃線ヘ決断」『茨城新聞』2006年3月5日, 「沿線14市町村でつくる常総地域振興促進既成同盟会が快速運行など近代化事業運動を展開。国や県、自治体、関鉄が負担して総事業費10億8500万円で、快速運行の整備が進められた」(常陽新聞2005年8月6日), 京成電鉄株式会社による当社株券に対する公開買付けの結果及び親会社の異動に関するお知らせ, 一般路線バスが1日乗り放題! 4月28日(土)から関鉄グループ一般路線バスにて「IC1日乗車券」サービス開始, 関東鉄道株式会社の有価証券報告書 2007年04月01日 - 2008年03月31日期, https://mainichi.jp/articles/20190130/ddl/k08/040/221000c, 9月26日(月)より、つくば・土浦・牛久エリア一般路線バスへの交通系ICカード導入のお知らせ, 9月16日(土)より、守谷・水海道・竜ヶ崎・潮来・銚子エリア一般路線バスへの交通系ICカード導入のお知らせ, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=関東鉄道&oldid=81548132, PASMO・Suica・Kitaca・TOICA・manaca・PiTaPa・ICOCA・nimoca・SUGOCA・はやかけん, 6月1日: 鉾田地区の乗合バス事業を関鉄メロンバスに分離、下妻地区の乗合バス事業を関鉄パープルバスに分離。, 土休日、年末年始、茨城県民の日のみ利用可能。無人駅からの乗車の場合は、経路途中の有人駅で購入するか、目的地が有人駅の場合は目的地の駅の有人改札で購入する。, 通常では往復運賃が必要であるところをこの切符を購入するとほぼ半額で往復分利用できる。通年販売。19km以上で発売。, カシマサッカースタジアム号(東京駅⇔(直行)カシマサッカースタジアム、JRバス関東・京成バスと共同)※鹿島アントラーズ主催試合開催日のみ運行, 藤代営業所(FJ:茨城県取手市宮和田、土浦ナンバー)→閉鎖。取手営業所の貸切部門として貸切バスのみ配置, 鉄道駅(取手・戸頭・守谷・水海道・下妻・竜ヶ崎。その他一部の駅でも限定的に取り扱う), バス案内所・サービスセンター(つくば学園・取手駅ビル・水戸駅前・関鉄観光水戸案内所), 鉄道・バス兼業事業者は鉄道事業者として記載(ただし鉄道未導入・他カード導入の場合を除く).